Column お役立ちコラム

PTSDの症状と診断|トラウマの本質を理解して治し方を知る

(2024年11月16日:追記更新)

【この記事を読むと分かること】
1.トラウマとは何かが分かる
2.PTSDの診断基準と主な症状が分かる
3.なぜPTSDやフラッシュバックが生じるのかが分かる
4.PTSDの治し方/治療方法が分かる

PTSD(Post-traumatic Stress Disorder:心的外傷後ストレス障害)は、トラウマが原因とされる病気です。ここでいうトラウマとは一体何でしょうか。

治療法もたくさん紹介されていますが、どれも科学的に効果が実証されていないなど、治療がとても難しい病気のひとつです。

また、トラウマという便利かつ曖昧な言葉が独り歩きをして、何でもかんでもトラウマが原因という安易な治療が行われていることにも注意しなければなりません。

この記事では、トラウマとPTSDについての全体像を、科学的に明らかになっている観点から考察してみたいと思います。

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トラウマについて

トラウマ(trauma)とは障害や病気、あるいは症状の名前ではありません。

心的外傷と訳される「心の傷」のことです。精神的な苦痛をともなう恐ろしい出来事を経験することでトラウマ(心の傷)は生じるとされています。

心の傷とはいったい何のことでしょう。心に傷が付くとはどのような状況のことでしょうか。そして心の傷はどこにあるのでしょうか?

トラウマとは「普通の恐怖記憶」

初めに結論から申し上げておきます。

トラウマとは何か、その答えは、「普通の恐怖記憶」でしかありません。以下、詳しく説明していきます。

トラウマに実体はない

「トラウマ」という言葉には、「心の傷」という意味以外に、一般的に以下の意味が含まれています。

①心に残る嫌な体験
②あることが大嫌いになった原因
③命を脅かされた恐ろしい体験
④PTSDを生じさせる何か

トラウマという言葉はとても便利ですが、ストレスという言葉と同じようにとても曖昧で多義的な言葉です。

「トラウマ」は日常的に使える一般語になっていますが、専門用語として使うには曖昧すぎてふさわしくないと私は考えています。心の傷の「傷」、心的外傷の「外傷」とは比喩表現だからです。

結論から言うと、トラウマに実体はありません。単なる構成概念です。

抑うつの原因がはっきりしないとき、治療者はよく「原因はストレスですね」と言います。

同じようにフラッシュバックなどを伴う精神的不調のメカニズムをうまく説明できないときに治療者は、「原因はトラウマですね」と言います。

実はこれは何も説明していないことと同じです。

ストレスという言葉と同じで、トラウマという言葉を使うことで、「なんとなく理解できた」と勘違いさせる危険性があります。

トラウマは構成概念であり実在しません。実際に存在(知覚)しているのは恐怖体験の後に生じる恐怖記憶だけです。

恐怖のメカニズム

恐怖感はどのように生じるのか、そのメカニズムを見てみましょう。

脳の偏桃体が危険を察知すると、心拍数や呼吸数の増加、胃や腸の収縮、手のひらや脇の下の発汗などが生じます。このような身体変化によって恐怖感が生じます。

恐怖刺激(視覚、嗅覚、聴覚、触覚などからの刺激)は先ず偏桃体に到達します。

すると潜在記憶(体を正確に動かすことができる無意識で自動的な記憶)が活性化されて、上記のような危険に対する身体反応が引き起こされます。

一連の反応は反射的で、私たちに生まれつき備わっている生理現象です。

次に島皮質という部位が身体反応を詳細に評価することで恐怖感が自覚できるようになります。したがって身体がなければ恐怖を感じることはできません

恐怖反応は私たちが生きる上で欠かすことのできない「適応的な反応」です。

もし何らかの方法で身体面の反応が起こらないように操作することができたなら、私たちは恐怖を感じることがなくなり、恐怖記憶が形成されることもなくなります。

恐怖記憶

通常の記憶は自分の意志で思い出したり引っ込めたりすることができます。

さらに、もう終わった過去の出来事だということも自ら認識しています(この出来事はもう終わったと記録しているのは脳の中にある海馬という器官です)。

恐怖記憶も同様に、もう終わった過去の出来事であると海馬によって記録されています。そして必要な時に、適切な形で再生され、危険を回避することに役立っています。

生死にかかわる出来事を忘れないようにしっかりと記憶しておく恐怖記憶の機能は、私たちが生き残る上で不可欠なものです。

恐怖記憶とは本来、自らの生存確率を上げ、遺伝子を後世によりよく残すための有益な機能です。

フラッシュバック

ごく一部の人たちは、恐怖記憶が過去の出来事であると脳に記録されず、現在進行形で再生されてしまいます。

また、自らの意志に反して勝手に意識の中に侵入するように再生され、日常生活に支障をきたします。これがフラッシュバックです。

フラッシュバックは恐怖記憶の保持、整理、忘却、再生の失敗であり、実体のないトラウマ(心の傷)によって生じているわけではありません。

なお、恐怖体験をした人たちの中のごく一部の人だけが、なぜフラッシュバックを起こすようになるのか(保持や再生に失敗するのか)、その詳しいメカニズムは残念ながら明らかになっていません。

トラウマまとめ

以上を踏まえてトラウマとフラッシュバックについておさらいしておきましょう。

さまざまな精神的不調の原因とされているトラウマ(心の傷)とは、「普通の恐怖記憶」のことであり、フラッシュバックとは、「恐怖記憶の再生の失敗」ということになります。

PTSDの診断

生命の危機に直面した恐ろしい出来事を経験すると、どんな人でも無気力になったり、その場面を鮮明に思い出したり、悪夢を見たりといった症状が現れます。

しかし、通常は時間とともに(概ね1か月もすれば)消えていきます。

ところが、1か月以上たっても症状が消えない場合、何らかのストレス反応性の精神障害が生じている可能性があります。

そしてその恐ろしい出来事が、①自然災害、②生命の危機に直結する事故、③残虐行為(殺人未遂、暴行、レイプ、戦争、残虐行為の目撃)の場合、PTSDと診断される可能性が高まります。

PTSDの診断基準(DSM-5)

PTSDの診断基準は以下の通りです。

A.実際にまたは危うく死ぬ、重傷を負う、性的暴力を受ける出来事への、以下のいずれか1つ(またはそれ以上)の形による曝露:

(1)心的外傷的出来事を直接体験する
(2)他人に起こった出来事を直に目撃する
(3)近親者または親しい友人に起こった心的外傷的出来事を耳にする
(4)心的外傷的出来事の強い不快感をいだく細部に、繰り返しまたは極端に曝露される体験をする(例:遺体を収集する緊急対応要員、児童虐待の詳細に繰り返し暴露される警官)

B.心的外傷的出来事の後に始まる、その心的外傷的出来事に関連した、以下のいずれか1つ(またはそれ以上)の侵入症状の存在:

(1)心的外傷的出来事の反復的、不随意的、および侵入的で苦痛な記憶
(2)心的外傷的出来事に関連している、反復的で苦痛な夢
(3)心的外傷的出来事のフラッシュバック
(4)心的外傷的出来事の側面を象徴するまたはそれに類似する、内的または外的なきっかけに曝露された際の強烈なまたは遷延する心理的苦痛
(5)心的外傷的出来事の側面を象徴するまたはそれに類似する、内的または外的なきっかけに対する顕著な生理学的反応

C.心的外傷的出来事に関連する持続的回避。以下のいずれか1つまたは両方で示される

(1)心的外傷的出来事についての、または密接に関連する苦痛な記憶、思考、または感情の回避、または回避しようとする努力
(2)心的外傷的出来事についての、または密接に関連する苦痛な記憶、思考、または感情を呼び起こすことに結びつくもの(人、場所、会話、行動、物、状況)の回避、または回避しようとする努力

D.心的外傷的出来事に関連した認知と気分の陰性の変化。以下のいずれか2つ(またはそれ以上)で示される

(1)心的外傷的出来事の重要な側面の想起不能
(2)自分自身や他者、世界に対する持続的で過剰に否定的な信念や予想
(3)自分自身や他者への非難につながる、心的外傷的出来事の原因や結果についての持続的でゆがんだ認識
(4)持続的な陰性の感情状態(例:恐怖、戦慄、怒り、罪悪感、または恥)
(5)重要な活動への関心または参加の著しい減退
(6)他者から孤立している、または疎遠になっている感覚
(7)陽性の情動を体験することが持続的にできないこと

E.心的外傷的出来事と関連した、覚醒度と反応性の著しい変化。以下のいずれか2つ(またはそれ以上)で示される

(1)人や物に対する言語的または身体的な攻撃性で通常示される、(ほとんど挑発なしでの)いらだたしさと激しい怒り
(2)無謀または自己破壊的な行動
(3)過度の警戒心
(4)過剰な驚愕反応
(5)集中困難
(6)睡眠障害

F.障害(B,C,D,E)の持続が1か月以上

◇◇◇

ふう、お疲れさまでした。長い長い診断基準でしたね。

※注)ここからは、PTSDの診断に必須の出来事のことを「破滅的出来事」と呼び、その体験のことを「破滅的体験」と呼ぶことにします。「トラウマ的出来事」および「トラウマ体験」とは呼びません。理由は理解が曖昧になることを防ぐためです。

PTSD診断の特徴

破滅的体験のあと、上記の症状が1か月以上続いている場合にPTSDと診断されます。

そしてご覧いただいたように、PTSDと診断されるにはAからFまでの基準を全てクリアしなければなりません。とても高いハードルが設けられています。

PTSDの診断は原因となった出来事が100%判明していることが絶対条件となります。そしてその出来事は、破滅的出来事でなければなりません(①自然災害、②事故、③残虐行為のみ)。

PTSDの症状が現れていても、破滅的体験が特定されない場合、PTSDの診断をつけることはできません。(PTSDと診断できるのが、破滅的体験が確認できる場合に限定することで、虚偽記憶の形成防止に役立っています:後述)。

したがってPTSDの診断とは、純粋に精神医学的な判定ではなく、社会的あるいは政治的な色彩が強いものといえるでしょう(例えば、米国におけるベトナム帰還兵の救済措置としてなど)。

PTSDとは、「破滅的体験が原因ということにしておこうという病気」であり、「トラウマによって生じた特異な病気」ではありません。

また、破滅的体験で必ずPTSDを発症するわけではありません。PTSDを実際に発症するのは、破滅的体験をした人の4%~20%といわれています(発症率に大きな幅がある理由は後述します)。

・アメリカのイランとアフガニスタンからの帰還兵のPTSD発症率20%
・イギリスのイランとアフガニスタンからの帰還兵のPTSD発症率4%

ちなみに、日本の総人口に占めるPTSD患者の割合は1.3%といわれています(厚生労働省)。

PTSDの症状

さて、上記の診断基準は事実の羅列だけで症状がイメージしにくいと思います。PTSDの診断基準から症状を分かりやすくまとめましたので、以下に示します。

出来事を突然思い出す(侵入症状)

破滅的出来事の記憶が突然よみがえります。破滅的体験に関連した悪夢を繰り返し見ることもあります。

また、破滅的出来事が実際に起こっているように感じるフラッシュバックが生じます。

似た状況を避ける(回避症状)

破滅的出来事と密接に関連することを考えたり思い出したりしないように努力します。

また、恐ろしい記憶を呼び起こすことに結びつくもの(人、場所、会話、行動、物、状況)を回避しようとします。

否定的になる(認知と気分の陰性の変化)

過剰な自己嫌悪や罪悪感、恥の感覚、他者や社会に対する否定的な信念が見られるようになります。

また、幸福感や満足感、愛情を感じることができなくなります。

いつも警戒している(覚醒度と反応性の著しい変化)

激しい怒り、無謀で自己破壊的な行動(暴飲暴食など)、過度な警戒心、些細な刺激にも過剰にビクッとする驚愕反応、集中困難、睡眠障害などが現れます。

◇◇◇

以上より、PTSDはフラッシュバック、回避、抑うつ、不安が複合した、かなりやっかいな病気であることが分かります(複数の遺伝子が関わっている可能性があります)。

そしてPTSDの本質は何かというと、「破滅的出来事はもう終わったと脳に記録することに失敗した病気」ということができます。

何か得体のしれないトラウマがあなたに悪さをしているわけではありません。

PTSDを取り巻く問題点

PTSDは純粋に精神医学的な判定をしているわけではなく、社会的あるいは政治的な色彩の強い精神疾患です。

そのために臨床現場ではある種の混乱が見られます。

疾病利得と過剰診断の問題

先ほど触れましたが、状況によってPTSDの発症率に大きな差があるという問題があります。

アメリカの兵士はPTSDと診断されると、月に3,000ドルの障害年金を一生涯受け取ることができるようになります。

しかし、再就職したり症状が回復したりすると、障害年金の支給はストップします。

この障害年金が支給され始めると、その80%以上の兵士は、二度と診察に現れなくなるそうです。そして、アメリカ兵のPTSD発症率は20%となっています。

一方、このような障害年金制度の存在しないイギリス兵士のPTSD発症率はたったの4%です。

アメリカの兵士が仮病を使っているのかは分かりません。年金という報酬が脳に何らかの作用を及ぼして、本当に症状を悪化させているのかも全く分かりません。

ただひとつ言えるのは、アメリカの医師はイギリスの医師より5倍も過剰に診断を行っているらしいということです。

私の経験では、日本の医師はPTSDの診断に非常に慎重です(アメリカのように診断のインセンティブが存在しないから?)。

破滅的出来事が確認できないケースでPTSDの診断をつけることはまずありません。

しかし、心理カウンセラーは容易に(安易に?)、クライエントに対して「あなたはPTSDである」と告げていることが多い印象を持っています。

PTSDとはその人が元々持っていた症状?

PTSDと診断されるには、破滅的体験の前に症状が出ていなかったということが極めて重要な判断材料となります。

すなわち、元々健康だった人が、破滅的出来事を体験して初めてPTSDの症状が出現しなければなりません。

アメリカのある研究で5410人の兵士を2002年から2006年までの5年間、追跡調査した結果があります。その結果、395人がPTSDと診断されました。

そのうちの半数以上の兵士が、元々心身の健康面では下位15%に属している人たちでした。

これは、元々健康ではない人たちが、精神的に健康な人たちに比べてPTSDになる可能性がとても高いということを意味します。

そして多くの場合、初めてPTSDになったというより、元々あった精神的な脆弱性(例えば不安症状や抑うつ症状)が、破滅的体験をきっかけに悪化した、または増幅したと考える方が合理的かもしれません。

これは私見ですが、見たことを鮮明な映像として記憶することができる発達障害を持つ方も、PTSD(フラッシュバック)を発症しやすいかもしれません。

さらに、双子のベトナム帰還兵で調査した結果、生まれつき海馬の体積が小さい人はPTSDを発症しやすいことが分かっています。

この結果が意味するのは、PTSDの発症には遺伝が関係している可能性が高いということです。

これは、PTSDだけを治療すれば良いということではなく、治療と環境調整をセットにした、長期にわたる支援が必要になることを示唆しています。

一方で、PTSDには生まれつきの素因があるという見方は、予防もできるということを意味します。さらなる研究の成果を待ちたいと思います。

※出典:『ポジティブ心理学の挑戦』マーティン・セリグマン著 ディスカヴァー・トゥエンティワン


虚偽記憶の問題

催眠状態で記憶をさかのぼり、トラウマとなる体験を「思い出す」ことを援助するのが催眠療法です。催眠によって「思い出した」記憶が事実かどうかは問いません。

というより、「催眠状態で思い出した記憶であれば、それは真実である」とし、そのトラウマがPTSDの原因であると判断します。その結果、虚偽記憶が形成されることがあります。

1990年代のアメリカで、虚偽記憶による実害が表面化しました。

幼少期の親からの性的虐待もしくは近親姦の記憶が、カウンセリングの過程で甦ったとして、成人になった“被害者”から、実の親が訴えられるという事件が頻発しました。

カウンセリングで過去の記憶に取り組む際には、虚偽記憶が形成されないように細心の注意を払う必要があります。

※出典:『PTSDとトラウマの基礎知識』バベット・ロスチャイルド著 創元社



※虚偽記憶について詳しく知りたい方は、下記書籍の購読をお勧めします。
『悪魔を思い出す娘たち』ローレンス・ライト著 柏書房

カウンセラーが「見つけ出す」過去の“トラウマ”

催眠下での虚偽記憶ほどではありませんが、カウンセラーが「見つけ出す」トラウマもあります。

現在の苦しみや症状の原因を、当人もほとんど忘れかけていたような過去の出来事(ほとんどが幼少期です)の記憶に結びつける手法です。

成育歴をさかのぼり、幼少期のどこかにつらい体験が見つかると、その体験がトラウマになっていると判断します。

そして、「幼少期のトラウマを処理しない限り、今の苦しみや症状は続く」としてカウンセリングを進めていきます。

こちらも誤った記憶が形成される危険性があり、かえって長く苦しむことにもなりかねません。

せっかく記憶装置が正常に働いて忘却していた記憶を、カウンセリングのために顕在化させることは大きな問題だと思います。

心的外傷後成長(Post-traumatic Growth:PTG)

ここまで、“トラウマ”にまつわるネガティブな側面を中心にご紹介してきました。

しかし、破滅的体験のあと、人は精神的に成長できるということをお伝えしないわけにはいきません。

破滅的体験と精神的アップデート

生きていることに感謝するようになったこと、生きることに積極的になり人間関係が改善されたこと、精神的に深化したことなどのほとんどが、悲惨な出来事の後で生じているという事実があります。

人生で起こり得る最悪の出来事(拷問、監禁、重病、子どもの死、レイプ、激甚災害など)をひとつ経験した人は、経験していない人に比べて幸福度が高いことが分かっています。

最悪の出来事を二つ経験した人は、ひとつ経験した人よりも、三つ経験した人は、二つ経験した人よりも、幸福度が高いのです。

また、これも米軍での調査ですが、捕虜となり、敵兵から長期にわたり拷問を受けた飛行士の61.1%が、精神的に成長することができたと語っています。

さらに注目すべきなのは、捕虜への扱いが残酷であればあるほど、精神的成長の度合いが大きかったのです。

※出典:『ポジティブ心理学の挑戦』マーティン・セリグマン著 ディスカヴァー・トゥエンティワン


両極端が存在する意味とは

同じ経験をして、どうしてPTSDとPTGという、両極端な精神の機能が、進化の過程で取り除かれずに残ったのでしょうか。

理由は分かりませんが、この両極端が存在するということを知った私たちは、破滅的体験に対する予防や心構えについて、前もって最大限に活かすことができるようになるのではないでしょうか。

激甚災害が避けられない国土に住んでいる私たちにとって、この心的外傷後成長という精神的な作用は希望をもたらしてくれます。

破滅的体験の後で、高いレベルで精神が機能するということを、多くの人に知っておいてもらいたいと思います。

PTSDの薬物療法

現在、PTSD治療薬として承認されたものは、残念ながら存在していません。

PTSDの治療に役立つと期待されている薬物は、β遮断薬プロプラノロール(高血圧治療薬)とメマンチン(認知症治療薬)です。

既存の抗うつ薬(SSRI)や抗不安薬は対症療法的に部分的な効果はあるかもしれませんが、PTSD自体にはほとんど効果がありません。

身体面の反応を強制的に抑える薬

これは、「β遮断薬プロプラノロール」という薬です。

元々は、交感神経のβ受容体への遮断作用により血圧や心拍数などを抑えることで高血圧、狭心症、頻脈性不整脈などを改善する薬です。

この薬を服用してから恐ろしい記憶を思い出すと、恐怖反応のうちの内臓で起こる反応が抑えられるため、否定的な感情も抑えることができます(先述した身体がなければ恐怖感もないということ)。

これを繰り返すことで偏桃体の記憶が不安定化して書き換えられ、症状が改善することが、アメリカで行われた実験で確認されています。

しかしプロプラノロールは一般的すぎる薬のため、新薬と比べるともう利益が出ません。

したがって製薬会社は、PTSDへの適用を目指して新たに治験を行うことに興味を示していないという実態があるようです。

恐怖記憶を消去する薬

こちらは、「メマンチン」という薬です。

この薬は我が国で認知症治療薬として既に承認され幅広く使用されています。この薬の特徴は海馬で新しい神経細胞を生み出すことができることです(神経新生)。

新しい神経が生まれることで、そこに新しい記憶が形成されます。この時、古い記憶(恐怖記憶を含む)が忘却されることが分かりました(ぼんやりした記憶に変わる)。

現在、東京大学と国立精神・神経医療研究センターによって研究が行われており、ヒトに対する効果も確認されています。

既存薬であるメマンチンはすでに安全性などが確認されている薬です。PTSDに対する治療効果が認められれば、速やかに承認され臨床現場で使われるようになるでしょう。

今後に期待したいと思います。

※出典:『「心の病」の脳科学』林朗子・加藤忠史編 講談社


PTSDの心理療法

ここからはPTSDの心理療法について見ていきましょう。

最も効果が確認されている心理療法|曝露法

プロプラノロールは恐怖記憶を不安定化して書き換える方法で、メマンチンは恐怖記憶を忘却させる方法です。

そして曝露法は、「恐怖記憶はフィクションであり、もう恐れる必要はないと脳に教える方法」となります。

恐怖記憶の詳細をあえて思い出してもらい、それでも何も悪いことは起こらないということを脳に知らせます。

一言で表すと、「恐怖記憶に慣れる」という手法になります。心理療法としては曝露法が最も効果が確認されており、研究もされています。

しかし、恐怖記憶にあえて近づくため心理的苦痛を伴います。したがって、脱落率も高くなっています。

そこで以下に示すような様々な心理療法が開発されていますが、明確な効果が確認された心理療法は曝露法以外にまだありません。今後の研究に期待です。

様々な心理療法

PTSDを効果的に治療できる方法を確立すべく、世界中の科学者が懸命に研究していますが、残念ながらまだ道半ばです。

心理学の流派によって数多くの手法が提唱されていますが、まさに百花繚乱です。いくつか挙げてみましょう。

弁証法的行動療法/マインドフルネス/認知処理療法/ナラティブ・エクスポージャー・セラピー/

ソマティック・エクスペリエンス/センサリーモーター心理療法/ボディナミック分析/眼球運動による脱感作と再処理法(EMDR)/神経言語プログラミング/思考場療法/

対人関係療法/精神分析療法/催眠療法/スピリチュアル・セラピー/身体療法(マッサージ、指圧、ピラティス、ヨガなど)/ブレインスポッティング etc.

まだまだありますが、このくらいにしておきましょう。

これらの心理療法は、「恐怖記憶に直接はたらきかけるもの」、「思考・感情・行動を扱うもの」、「身体感覚にフォーカスするもの」、「身体に触れるもの」、「無意識を前提にするもの」などに分類されます。

そして、どの治療法が効果を発揮するかは、個々の患者さんによって異なります。それだけ患者さんの側が多様ということです。

PTSDの心理療法は百花繚乱―その意味すること―

患者さんの側が多様とはどういうことでしょうか。

先ほど、PTSDは破滅的体験のあとで、元々精神的に健康だった人に突然症状が出現するのではなく、元々持っていた精神的脆弱性が悪化または増幅した可能性があるとお伝えしました。

それぞれの精神疾患は、単一または少数の遺伝子が発症に影響しているのではなく、数百の遺伝子が複雑に影響し合って発症していると考えられるようになってきました。

統合失調症、双極性障害、内因性うつ病(大うつ病)、自閉スペクトラム症では、共通の数百の遺伝子の組み合わせで症状が出ているとする仮説があります。

したがって、現在は統合失調症という単一の診断であっても、様々なタイプがあり(実際に症状の出方は多種多様です)、そのタイプとは厳密には遺伝子の構成的には異なる病気なのではないかと考えられています。

PTSDが元々の疾患の悪化・増幅だとしたら、人によって微妙に異なる症状の差は、厳密には別の病気かもしれません

PTSDと一言でいっても、実は症状別に異なる病気で、そのため、効果がある治療法も百花繚乱なのかもしれません。

また、PTSDは不安障害やうつ病などの他の精神疾患を併発しやすく、自殺も多い病気です。これはPTSDが複数の遺伝子によって発症していることの証しかもしれません。

PTSDの治し方(治療法)について

ここまでお読みいただいたら、タイトルにあった「トラウマを除去して消す」ということが意味をなさないことはお分かりいただけたと思います。

トラウマに実体はなくどこにも存在していません。したがって、無いものを消すというのは論理矛盾に陥ります。

PTSDの治療とは、破滅的出来事はもう終わっており、恐怖記憶はフィクションに過ぎないということを脳に知らせることです。

そして、治療効果が期待できる治療法は今のところ以下の二つです。

①恐怖記憶を忘却させる方法(今後期待される新しい薬物療法:メマンチン)
②今はもう安全であり、恐怖記憶を思い出しても何も悪いことは起こらないと脳に教える方法(曝露法)

消すべきトラウマはどこにもありません。あるのは恐怖記憶の保持、整理、忘却、再生の処理だけです。

まとめ

トラウマとPTSDの現在分かっている事実について、私の考え方も含めて概観してきました。読者の皆さんはトラウマとPTSDについてどんな感想をお持ちになったでしょうか。

私がこの記事でお伝えしたかったことは、トラウマという不快で恐ろしくもあり、また治療者にとっては魅惑的でもあるこの言葉に振り回されないでほしいということです。

①トラウマという得体のしれない何かがあなたに悪さをしているのではないこと
②PTSDの中核は「普通の恐怖記憶」の処理の失敗でしかないこと

この二つを強調して、この記事を終わりにしたいと思います。

投稿者プロフィール

松村 英哉
松村 英哉精神保健福祉士/産業カウンセラー/ストレスチェック実施者資格/社会福祉施設施設長資格/教育職員免許
個人のお客様には、認知行動療法に基づくカウンセリングを対面およびオンラインで提供しています。全国からご利用可能です。

法人向けには、メンタルヘルス研修やストレスチェック、相談窓口の運営を含む包括的なサポートを行い、オンライン研修も対応。アンガーマネジメントやハラスメント研修も実施し、企業の健康的な職場環境づくりを支援します。