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パワハラ研修は意味がない?加害者を理解して被害者をゼロにする研修内容

(2024年9月23日:追記更新)

パワハラがなくなりません。

厚生労働省が2023年6月に公表した2022(令和4)年度の「精神障害の労災補償状況」によると、パワーハラスメントによる労災認定件数が147件と全体の20.7%を占めトップでした。

(ちなみにパワハラは、ここ数年連続でトップの座を占めています)

2020年6月にパワハラ防止法(改正労働施策総合推進法)が施行されて、各事業場でさまざまな対策や研修が行われているのにもかかわらずです。

なぜパワハラがなくならないのでしょうか。それは、パワハラを行う人間の精神病理が、全くといっていいほど理解されていないからです。

この記事では、深刻なパワハラを行う人間の精神病理を明らかにし、現状取り得る最も効果的なパワハラ対策と、求められるパワハラ研修についてお伝えしたいと思います。

激ヤバなパワハラ上司ってどんな人?

まずは、どんな人がパワハラを行っているのかを見ていきましょう。

よく見聞きする言説(性善説)

パワハラに関する記事や書籍を読むと、パワハラを行ってしまう原因や上司像として、よく以下のような言説を目にすることがあります。

■職場内コミュニケーションの不足
■上司の多忙と責任感の強さ
■上司の意欲の空回り
■上司のストレス過多

これらは、「ついうっかり怒鳴ってしまった」とか、「被害者、加害者どちらの言い分にも一理あるな」というような、偶発的なパワハラの背景を指しています。

このようなパワハラの捉え方は性善説です。

したがって、職場内のコミュニケーションを増やし、一人に業務が集中しないように配慮し、みんなで協力すれば、パワハラは起こらないと説いています。

もちろんこういうケースはあると思います。もし、ついうっかりの言動がパワハラ問題に発展した場合は、マニュアルに沿って粛々と処理すればいいだけの話です。

しかし残念ながら、このような対応だけでは、深刻なパワハラ被害はなくなりません。

部下の精神を破壊する上司

私がこの記事で明らかにしたいパワハラ上司とは、「ついうっかり」とか、「どちらの言い分にも一理ある」的な、偶発的なパワハラ上司のことではありません。

執拗ないじめやいびり、詰問、人格攻撃、絶え間ないダブルバインド、つるし上げなどを行い、部下の心を壊し、精神疾患を発症させ、時には退職にまで追い込む上司のことです。

このようなむごたらしいパワハラを行う上司のことを、この記事の中では「深刻なパワハラ上司」と呼ぶことにします。

私の身近にいた深刻なパワハラ上司の精神構造を分析すると、良心、、共感性、罪悪感の欠如、不安や恐怖を感じない、自分だけは絶対に正しいという信念、他者は自分のために存在しているという傲慢さ、などが共通しています。

これらの特徴はサイコパスおよびナルシストの特徴と一致します。

サイコパス|反社会性パーソナリティ障害

サイコパスにあえて診断をつけるとすると、(厳密には同一の病理ではありませんが)反社会性パーソナリティ障害となります。

サイコパスは、脳の前頭前皮質の機能不全や偏桃体の萎縮、恐怖に反応しないなどの特徴があるといわれています。

反社会性パーソナリティ障害の診断基準(DSM-5)は以下です。

※以下のうち3つ以上によって診断される
①社会規範に適合しない行為(犯罪)
②嘘をつく
③衝動的
④攻撃性(喧嘩または暴力を繰り返す)
⑤無謀さ(自分または他人の安全を考えない)
⑥一貫して無責任
⑦良心の呵責が欠如(他人を傷つけることに無関心)

上記は精神疾患の診断基準ですが、サイコパスの特徴としては以下のことが分かっています。

①極めて冷酷である
②良心と共感性が欠如している
③不安や恐怖を感じない
④目的のためには手段を選ばない

ナルシスト|自己愛性パーソナリティ障害

ナルシストと自己愛性パーソナリティ障害は、同一の病理を表していると考えて差し支えありません。ナルシストは、自己愛を満たすためには手段を選ばないのが特徴です。

病理学的な研究はほとんど行われていないようですが、遺伝の影響が大きいのではないかと考えられています。

自己愛性パーソナリティ障害の診断基準(DSM-5)は以下です。

※以下のうち5つ以上によって診断される
①自分が重要であるという誇大な感覚
②限りない成功、権力、才気、美しさ、理想的な愛の空想
③自分は特別で地位が高いと信じている
④過剰な賛美を求める
⑤特権意識(有利な取り計らいまたは自分の欲求に相手が自動的に従うことを期待する)
⑥自分の目的を達成するために他人を利用する
⑦共感の欠如
⑧嫉妬する
⑨尊大で傲慢な行動と態度

ナルシストの特徴を分かりやすく記述すると以下となります。
①自分最高!
②他者はゴミカス(他者は自分のために存在している)
③目的のためには手段を選ばない(サイコパスと共通)

数のうえでは、ナルシストのパワハラ上司が圧倒的に多いと思います。

◇◇◇◇

いずれにせよ、「深刻なパワハラ上司」とは、「ある種の精神障害を持ち、自然に治癒することも人為的に改善することもない、本当は病院に行ってほしい人」と理解しておいてください。

※パワハラ研修に関する概要、スライド例、構成案などはこちらをご覧ください

メンタルヘルス不調に直結するパワハラ行為

さてここからは、「ついうっかり」でも「偶発的」でもなく、部下を攻撃するために意図的に行われる激ヤバなパワハラ行為を見ていきましょう。

この行為は先ず、サイコパスとナルシストという邪悪な2つの性格特性によってもたらされます。そしてこの邪悪な性格が善良な部下の精神を破壊します。

では問題となる具体的な行為を見てみましょう。

罵倒

・分かってんのかゴラー!
・なめてんのかオラー!
・ぶっ殺すぞ!

など、大声で怒鳴り散らす行為です。

人格攻撃

・ばか、あほ、間抜け
・低能
・病気か
・給料泥棒
・死ね

など、侮辱的な罵詈雑言を浴びせる行為です。

理詰め・雪隠詰め

・理屈で延々と詰める
・毎朝1時間など、定期的に長時間詰める
・どのような返答(例えば謝罪)に対しても揚げ足を取り攻撃する

などです。理詰め、雪隠詰めは怒鳴る必要はありません。淡々と詰めるだけで十分です

※出典:『クラッシャー上司』 松崎一葉著 PHP新書


ダブルバインド(二重拘束)

・矛盾した異なる2つの命題を提示
・部下がどちらを選択しても制裁を加える

ダブルバインドは極めて破壊力が強く、どんな人でも数週間から数か月でメンタルヘルス不調に陥ります。


※ダブルバインドの詳細につきましてはこちらの記事を参照ください。

※パワハラ研修に関する概要、スライド例、構成案などはこちらをご覧ください

深刻なパワハラ上司の精神構造と治療

さまざまなパワハラ防止対策を行ってもパワハラ被害がなくならないのはなぜでしょうか。その理由を覗いてみましょう。

激ヤバなパワハラ行為をやめさせることはできないのか

深刻なパワハラ上司は、良心・共感性・罪悪感が欠落していますので反省することがありません。

説教しても説得しても、時間とエネルギーの無駄です。部下を持っている限り、むごたらしいパワハラは続きます。

罰を与えても学習しませんので改善は全く望めません。懲戒処分として左遷したところで、異動先の部下に対して再びひどいパワハラが始まるだけです。

深刻なパワハラ上司が「懺悔して改心」したところを、私は一度も見たことがありません。

不安と反省がなく、学習もできない人間の行動を、外から変えることは不可能です。

深刻なパワハラ上司を治療できないのか

次に、治療法はないのかというと、罪を犯したサイコパスに対する欧米での治療において、薬物療法と認知行動療法の併用で再犯率が低下したという報告があります。

しかしこの治療は、犯罪者に対して刑務所内や矯正施設内で行われた強制的な治療であって、期間も数年に及びます。

また、サイコパスは治療の過程で、「こういう言動をすると治療者や関係者は喜ぶ」といった、他人の上手な欺き方だけを学習し、再犯率が増加したという報告もあります。

そうです。下手に関わるとパワハラが巧妙化して、外から見えにくくなってしまう危険性があるのです。

自発的に治療を行うには、苦しみ、困りごと、不安がなければなりません。

しかし、深刻なパワハラ上司は苦しみも困りごとも不安も全く感じていませんので、自発的な治療につながる可能性は限りなくゼロに近いといってよいでしょう。

※出典:『サイコパスの真実』 原田隆之著 ちくま新書




※パワハラ研修に関する概要、スライド例、構成案などはこちらをご覧ください

残された対処法

自発的な改善が全く期待できず、強制的な治療もほとんど効果がないのだとしたら、一体パワハラ対策とは何をすれば良いのでしょうか。ここで少し考えてみましょう。

事業場内での対処法はあるの?

深刻なパワハラをなくすことは不可能です。こんなことを言うとショックでしょうか。しかしこれが現実です。

パワハラ脳を持った人間は一定数、必ず私たちの社会に生まれてくるからです(サイコパスは人口の1%~3%、ナルシストは人口の1%~6%といわれています)。

とすると、深刻なパワハラを防ぐためには、パワハラ脳を持った人間を入社させないことです。しかし採用の段階で見抜くことは困難です。

必ず一定数、深刻なパワハラ人間が入社してきます

深刻なパワハラ上司に研修は効果なし

従来のパワハラ研修は、パワハラ防止法の内容、パワハラの定義、パワハラの行為類型、安全配慮義務、実際の判例などを、管理職の方に向けて行っています。

そして、「だからパワハラはよくありません。パワハラをしないように気をつけましょう」という結論に落ち着きます。私の研修もそうでした。

しかしパワハラは減りません。減るどころか、出来事別の労災認定件数でパワハラが連続で1位になっているのです。


従来の研修というのは、深刻なパワハラ上司に対しては「馬の耳に念仏」だったのでしょう。

研修内容を理解して、「なるほど、パワハラには気をつけないと」と理解してくれる人は、初めから深刻なパワハラを行いません。

深刻なパワハラ上司は研修を受けても、「私には関係ない」と思っています。場合によっては、「ふ~ん、そんな奴がいるのか」と、人ごとのように理解している可能性すらあります。

そもそもパワハラ研修に参加しないこともあります。

深刻なパワハラ上司は、研修ごときで改善することはありません。研修の翌日からまた激しいパワハラが繰り返されるだけです。

従来型の研修を行うことで、「うっかり系」や「どちらにも一理ある系」のパワハラは減らすことができるでしょう。無意味だとは思いません。

しかし、深刻なパワハラ上司には完全に無力です。

深刻なパワハラ上司には決して部下を持たせない

ではどうするか。

深刻なパワハラ人間を、善良な従業員から遠ざけるしかありません。一番は退職してもらうことです。どんなに仕事が優秀であってもです。これは法的に困難でしょうか?

そうであるならば、深刻なパワハラ上司には決して部下を持たせないことです。これが必要かつ十分な解決策です。

仕事は優秀なので退職されたら困るというのであれば、良心・共感性・罪悪感が欠如し、不安や恐怖を感じないという、持ち前のブルドーザーのような突進力を、単独の仕事で生かしてもらえばよいと思います。

※パワハラ研修に関する概要、スライド例、構成案などはこちらをご覧ください

パワハラ被害を受けたらどうするか

とはいえ、今まさに深刻なパワハラを受けている方がいます。被害者は一体どうすれば良いのでしょうか。解決策はあるのでしょうか。

被害者の特徴

パワハラ被害を受けて精神疾患に陥った方にはある共通した特徴があります。これは私の臨床経験から気づいたことです。その特徴とは、

①相手が怒るのは自分が悪いからだ考えている
②自分で考えて自分で解決しなければならないと考えている
③責任感が強く、我慢強い

この3つです。

これらの特徴は、我が国のビジネスパーソンに強く求められる資質で、とても品行方正です。なぜこのような人が被害に遭っているのでしょうか。

深刻なパワハラ上司の恐ろしい能力

サイコパスとナルシストには特殊能力が備わっていることが研究で分かっています。

その特殊能力とは、相手のちょっとした表情の変化や視線の動き、身振りなどから、その人の精神状態や性格を正確に見抜くという天才的な能力です。

深刻なパワハラ上司は、意図的に上記のような特徴を持つ品行方正な部下を選んで、狙い撃ちにしている可能性があります。

なぜ品行方正な人を狙い撃ちにするのか。それは、品行方正な人に対してパワハラが効果的だからです。恐ろしいことです。

パワハラ被害に単独で対処することはできません

パワハラとは、「脳内フィクションとしての不安」ではありません。現実の恐怖です。

恐怖の対処法は「逃げる」か「戦う」かしかありません。しかし職場とは、逃げることも戦うこともできない特殊な場所です。

職場以外の場所で変な人に絡まれたら、走って逃げれば良い。

しかし職場とは、パワハラを受けたからといって家に帰ったら、職務放棄になってしまいます。職場の理屈として、「いくら何でも帰ることはないだろう」ということになります。

さらに、戦うこともできません。我が国には刑法というものがあり、暴力は犯罪です。

そして深刻なパワハラ上司はこれらを熟知しています。

品行方正な部下を狙い撃ちにして、「お前は逃げることも戦うこともできないだろう」ということを承知の上で攻撃を加えているのです。

職場という場所は、単独でパワハラという現実の恐怖に対処できない特殊な場所ということができます。

よって事業者は、職場内に存在する恐怖を徹底的に排除する義務を負っていると私は考えています。

パワハラ被害に遭っている方の唯一の対処法

パワハラとは現実の恐怖ですが、職場では単独で恐怖に対処できません。

今まさに激ヤバなパワハラ被害に遭っている方が取り得る唯一の対処法は、信頼できる第三者に援助を求めることです。「不当な攻撃を受けてるので助けてください」と助けを求めることです。

「自分で何とかしなければ」とか、「自分で蒔いた種なのだから」と我慢を続けていると、メンタルヘルス不調に陥る可能性があります。

早めに今すぐに、信頼できる人(後輩、同僚、先輩、かつての上司、パワハラ上司の上司、通報窓口、家族、友人、恋人、行政窓口などなど)に助けを求めてください。

勇気を出して行動を起こせば、必ず何かが動き出します。

※パワハラ研修に関する概要、スライド例、構成案などはこちらをご覧ください

真に必要なパワーハラスメント研修について

深刻なパワハラ上司などは、部下を引きはがした上で放っておけばよろしい。苦しんでいるのは被害者である部下です。

パワハラの研修に求められる視点は、「パワハラをやめさせる研修」ではありません。「パワハラ被害者をゼロにする研修」です。

パワハラ研修の対象は被害者になり得る全従業員

研修の対象は管理職ではなく全従業員です。

自然の摂理に従うと深刻なパワハラ人間をゼロにすることは不可能です。しかし、被害者をゼロにすることは理論上も可能です(部下を持たせなければ良い)。

では誰に向けて研修を行えばよいのでしょうか。

それは、善良な全ての従業員に向けてです。自分自身を守るために、深刻なパワハラの本質を理解してもらいたいのです。

例えば北海道の知床に行くとき、そこに住むヒグマに「人間を襲うなよ」なんて説教はしません。理由は、効果がないからです。

ではどうするかというと、知床に入る観光客に向けて、「ヒグマに気をつけろ」、「出会ったらこう対処しろ」と教えます。なぜか。効果があるからです。

パワハラ対策もそれと全く同じです。加害者に「やめろ!」と説教しても深刻なパワハラはなくなりません。被害者となる従業員に対処法を教えるのが最も効果的です。

全従業員でパワハラ被害者を守るという視点

現状、善良な従業員の方々は、自分が次のパワハラのターゲットにならないように、じっと息を潜めています。

しかし、もうひとつ大切な対処法があります。

それは、善良な従業員が深刻なパワハラを見逃さないということです。善良な従業員が被害者を守り助けることです。

その方法を教える研修が必要です。深刻なパワハラを見聞きしたら、協力してしかるべき窓口に通報していただきたいと思います。

深刻なパワハラを防ぐための研修とは、パワハラを行う可能性のある人に向けてではなく、パワハラを受ける可能性のある全従業員に向けて行われるべきです。

常軌を逸したパワハラであればあるほど、対処は難しくなります。

この「不都合な真実」であるパワハラの本質を、善良な全従業員に知っていただき、仲間を助ける動機づけを行うこと。これも、パワハラ研修の目的のひとつだと考えています。

※パワハラ研修に関する概要、スライド例、構成案などはこちらをご覧ください

まとめ

部下を精神疾患に陥れるようなパワハラ上司は、脳およびパーソナリティに何らかの障害を持っています。

この障害は自然に治癒することも、自発的に改善することもありません。罰も説教も、説得も教育も、効果がありません。

したがって、パワハラ対策のターゲットは善良な普通の従業員です。

サイコパスとナルシストというパワハラ人間を生まれなくすることはできませんが、パワハラの被害者をゼロにすることは可能です。

効果的なパワハラ研修、伝えるべきその内容とは、
①深刻なパワハラ上司の行動を変化させる方法はない
②ゆえに深刻なパワハラ上司には決して部下を持たせないようにする
③被害者はためらわずに信頼できる人に助けを求める
④全従業員で深刻なパワハラ被害から仲間を守る

この4つです。

※パワハラ研修に関する概要、スライド例、構成案などはこちらをご覧ください

投稿者プロフィール

松村 英哉
松村 英哉精神保健福祉士/産業カウンセラー/ストレスチェック実施者資格/社会福祉施設施設長資格/教育職員免許
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法人向けには、メンタルヘルス研修やストレスチェック、相談窓口の運営を含む包括的なサポートを行い、オンライン研修も対応。アンガーマネジメントやハラスメント研修も実施し、企業の健康的な職場環境づくりを支援します。